Mac Proの歴史
はじめに
Apple の Mac Pro は、クリエイティブや科学技術など高度な演算能力を必要とするプロフェッショナル向けに設計されたワークステーション型デスクトップである。2006 年に Power Mac G5 を置き換える形で登場して以来、Intel Xeon CPU によるハイエンド機として進化を続け、2013 年には円筒形の「統合サーマルコア」設計、2019 年には拡張性を追求したアルミニウム製ラティス筐体、そして 2023 年には Apple Silicon M2 Ultra を搭載した最新モデルへと変化した。以下では、開発の背景から各モデルの特徴、ユーザー評価までを詳述し、日本語と英語でまとめる。
開発の背景と初代
Intel への全面移行と初代 Mac Pro (2006)
• 開発背景 – Apple は 2005 年に PowerPC から Intel プロセッサへ移行する方針を表明し、WWDC 2006 で初の Intel 製デスクトップワークステーションとして Mac Pro を発表した。Power Mac G5 Quad に比べて最大 2 倍の性能を提供し、PowerPC 用ソフトを Intel 環境で動作させる Rosetta 翻訳機能も搭載した。
• ハードウェア – 初代 Mac Pro は二つのデュアルコア Intel Xeon 5100 シリーズ (64 ビット) を採用し、最大 3 GHz・4 MB L2 キャッシュを持つ。667 MHz DDR2 FB‑DIMM メモリと256ビットの広いメモリバスを備え、最大 32 GB まで拡張可能だった。PCI Express 拡張スロットを三基、グラフィックスカード用のダブルワイドスロットを一基搭載し、4 台までの SATA ハードドライブ (最大 2 TB) と 2 台の光学ドライブを内蔵可能だった。
• 拡張性とポート – 前面と背面には FireWire 800/400、USB 2.0、光デジタル/アナログ音声入出力、デュアル Gigabit Ethernet など豊富なポートを備えた。標準グラフィックスは NVIDIA GeForce 7300 GT で、オプションで ATI Radeon X1900 XT や NVIDIA Quadro FX 4500 も選択でき、最大 4 枚のグラフィックスカードで 8 台のディスプレイを駆動できた。 にあるように、基本構成は 2499 ドルで提供され、CPU やメモリ、ストレージ、グラフィックスカードの BTO オプションが用意された。
2008 年モデル(Early 2008)
2008 年 1 月、Apple は 45 nm プロセスの Quad‑Core Xeon 5400 シリーズを 2 基搭載した 8 コア標準の Mac Pro を発表した。1.6 GHz フロントサイドバスと 800 MHz DDR2 ECC FB‑DIMM により、前世代比 61 % のメモリスループット向上を実現した。標準構成は ATI Radeon HD 2600 XT、PCIe 2.0 スロット、4 TB までの内蔵ストレージなどで価格は 2799 ドルだった。 にあるように、USB 2.0×5、FireWire 400×2、FireWire 800×2 など豊富なポートを装備した。
2009 年モデル(Early 2009 / Nehalem)
2009 年 3 月のアップデートでは Nehalem 世代の Xeon 5500 シリーズを採用し、メモリコントローラの CPU 統合によりメモリ帯域と低遅延を改善した。最大 2.93 GHz のプロセッサに加え、3 チャンネルの 1066 MHz DDR3 ECC メモリを標準搭載し、Mini DisplayPort と DVI 端子を初めて装備した。標準構成は 2.66 GHz クアッドコア Xeon 3500/3 GB RAM の 2499 ドルモデルおよび 2 基の 2.26 GHz クアッドコア Xeon 5500/6 GB RAM の 3299 ドルモデルである。拡張性は 4 つの PCIe 2.0 スロットと 4 TB の内蔵ストレージに対応し、環境面では EPEAT Gold 認定を取得した。
2010 年モデル(Mid 2010 / Westmere)
2010 年 7 月には Westmere 世代 の 4 コア・6 コア Xeon プロセッサを採用し、最大 3.33 GHz/12 MB L3 キャッシュ、Turbo Boost 3.6 GHz、Hyper‑Threading により最大 24 仮想コアを実現した。最大 4 基の 512 GB SSD を搭載可能になり、Mini DisplayPort が 2 つに増えた。価格はクアッドコア構成が 2499 ドル、8 コア構成が 3499 ドルで、BTO では 12 コア (2×6 コア) 構成や ATI Radeon HD 5870 などを選択できた。
2012 年モデル(Mid 2012)
WWDC 2012 で発表された 2012 年モデルは CPU とメモリが微増されたマイナーアップデートであり、新しいケースデザインや Thunderbolt/USB 3.0 などは搭載されなかった。Macworld のレビューはこのアップデートを「スピードバンプ」と評し、筐体やグラフィックスカードは旧モデルと同じであると指摘している。低価格モデルは 3.2 GHz クアッドコア Xeon W3565 と 6 GB RAM、上位モデルは 2.4 GHz 6 コア Xeon E5645 を 2 基搭載し 12 GB RAM を備えていた。3 つの空きドライブベイと 3 つの空き PCIe スロットなど拡張性は維持されたが、Thunderbolt や USB 3.0 が非搭載であることが批判された。
シリーズ展開と機種別の歴史
円筒形「統合サーマルコア」モデル(Late 2013)
2013 年 12 月に発売された Late 2013 Mac Pro は、従来のタワー型筐体を一新し、統合サーマルコアを中心に円筒形アルミ筐体を採用した。この設計により高さは約 25 cm と従来機の 8 分の 1 に縮小し、単一のファンで冷却することで静音性を高めた。
• 処理能力 – 4、6、8、12 コアの Intel Xeon E5 プロセッサを選択でき、最大 3.9 GHz の Turbo Boost と ECC DDR3 メモリ最大 64 GB(60 GB/s 帯域)を搭載した。
• グラフィックスとストレージ – デュアル AMD FirePro GPU(D300/D500/D700)を搭載し、理論上従来モデルの 8 倍のグラフィック性能を持つ。PCIe‑ベースのフラッシュストレージは従来の HDD に比べ最大 10 倍高速で、最大 1 TB を選択可能だった。
• 入出力 – Thunderbolt 2 ポートを 6 基、USB 3.0 を 4 基備え、最大 36 台の Thunderbolt デバイスをデイジーチェーン接続できた。
ユーザー評価
TechCrunch のレビューは、円筒形 Mac Pro のデザインを「工業デザイン博物館の展示品」と称賛し、最速クラスのパフォーマンスと静音性を高く評価した。一方で価格 2999 ドルからと高価で、ディスプレイや周辺機器が別売であることが短所として挙げられた。さらにこのモデルは内部拡張性に制限があり、外部デバイス接続に依存する点がプロユーザーの批判を招いた。
ラティス筐体モデル(2019)
2019 年 6 月、Apple は ラティス状のアルミフレームとステンレス製フレームを採用した完全新設計の Mac Pro を発表し、同年 12 月に発売した。モジュール式の MPX モジュール によりグラフィックスや I/O を拡張でき、Afterburner カード(ProRes デコード用 FPGA)など専用拡張カードも用意された。
• プロセッサとメモリ – ワークステーションクラスの Intel Xeon W プロセッサ(最大 28 コア)と 6 チャンネル DDR4 ECC メモリ 12 DIMM スロットにより最大 1.5 TB のメモリを搭載できる。メモリ帯域幅は 140 GB/s に達し、冷却のために 3 つの軸流ファンとブロワーを備えた。
• 拡張性 – PCIe スロットを 8 基(ダブルワイド×4、シングルワイド×3、ハーフレングス×1)搭載し、ストレージは 256 GB から 4 TB の SSD(T2 セキュリティチップ付き)を選択できた。外部接続として Thunderbolt 3 ポート 8 基、USB‑A、デュアル 10 Gb Ethernet などを備えた。
• 価格 – ベースモデルは 5999 ドルで 8 コア Xeon W、32 GB RAM、Radeon Pro 580X、256 GB SSD を装備し、最大構成は 28 コア CPU、1.5 TB RAM、2 基の Radeon Pro Vega II Duo、8 TB SSD に拡張可能だった。
ユーザー評価
Macworld の 2024 年の論評では、2019 年モデルが Apple が提供する最もアップグレード可能な製品の一つであると称賛されている。中古価格が大きく下がった現在、ユーザーは Xeon CPU や GPU、メモリ、SSD を比較的容易に交換でき、M2 Ultra 搭載 Mac Pro にはない内部拡張性が魅力だと述べている。一方で、発売当時 55 000 ドルに達する構成もあった高価格は memetic に取り上げられ、費用対効果に対する批判もあった。
Apple Silicon 搭載モデル(2023 年)
2023 年 6 月、Apple は M2 Ultra チップを搭載した新世代 Mac Pro (Mac14,8) を発表した。Apple Silicon の採用により、Intel ベースの前モデルに比べて最大 3 倍の性能向上と、大幅な電力効率の改善が実現した。
• 性能 – M2 Ultra は 24 コア CPU、最大 76 コア GPU、32 コア Neural Engine を内蔵し、ユニファイドメモリは最大 192 GB、帯域幅 800 GB/s を提供する。プロ向け動画処理用の専用メディアエンジンは Afterburner 7 枚分 に相当し、8K ProRes を最大 22 ストリーム同時再生できる。
• 拡張性 – 従来と同様に 7 基の PCIe スロット(内 6 基が Gen 4)を装備し、PCIe 拡張カードや高性能ネットワークカードを利用できる。USB‑A×3、HDMI(8K/240 Hz 対応)×2、10 Gb Ethernet×2、ヘッドホンジャック、トップと背面に計 8 基の Thunderbolt 4 ポートを備え、Wi‑Fi 6E と Bluetooth 5.3 に対応する。
• 価格と評価 – タワー型は 6 999 ドルからで、同じ M2 Ultra を搭載した Mac Studio より高価であるため、拡張スロットが必要なプロ向けに限定されるという評価がある。Macworld は、M2 Ultra Mac Pro が Mac Studio と比較して Thunderbolt ポート数と PCIe 拡張性で優位に立つ一方で、内蔵ストレージが不安定になるバグが報告されていると指摘した。Engadget のレビューでは、M2 Ultra Mac Studio が多くのユーザーにとってより理にかなった選択であり、PCIe 拡張を必要とするごく一部の専門家だけが高価な Mac Pro を選ぶべきだと述べている。
ユーザーの評価
Mac Pro の各世代は用途によって評価が分かれる。以下では世代ごとのユーザーの声をまとめる。
- 2006–2012 年モデル – 初期のタワー型 Mac Pro は高い拡張性が評価され、プロユーザーは複数の PCIe カードや大型ストレージを組み込んでワークステーションとして使用した。2012 年モデルでは Thunderbolt や USB 3.0 が無かったため、Apple がプロ市場を軽視しているとの批判があった。
- 2013 年モデル – 円筒形の斬新なデザインと静音性は好意的に受け止められた一方で、高価で外部拡張に頼る構造が批判された。TechCrunch は性能とデザインを称賛しつつ、価格や拡張性の制限を短所に挙げた。このモデルは後に「ゴミ箱」などと揶揄され、市場から不評を買った。
- 2019 年モデル – モジュール設計と 1.5 TB メモリ対応が高評価を受け、プロフェッショナル向けの真のワークステーションとして復権した。しかし、標準価格が 5999 ドルと高く、アクセサリーのオプション(例: 699 ドルの純正キャスター)が話題になり「Apple 税」と揶揄された。Macworld は 2024 年の記事で、このモデルが最もアップグレードしやすい製品であり、現在中古価格が下がっており魅力的だと評価している。
- 2023 年モデル – M2 Ultra の高性能と省電力性能は評価されるが、Mac Studio と同じチップ構成で価格差が大きいことから、PCIe 拡張が必要な一部のユーザーに限定されるという意見が多い。Macworld は 8 基の Thunderbolt ポートや PCIe Gen 4 スロットを利点として挙げる一方で、内蔵 SSD が自動的に取り外されるバグを報告している。
主なモデルと発売年・特徴の一覧
年 | モデル (主な名称) | 主な特徴 / Key features |
---|---|---|
2006 | 初代 Mac Pro | デュアル Xeon 5100 デュアルコア(最大 3 GHz)・32 GB DDR2 FB‑DIMM 対応。4 基の HDD ベイと 3 基の PCIe スロット。FireWire 800/400、USB 2.0、デュアル Gigabit Ethernet を装備。 |
2008 | Early 2008 | 45 nm Xeon 5400 クアッドコア×2 を標準装備。800 MHz DDR2 ECC メモリ、PCIe 2.0 スロット、最大 4 TB HDD。標準価格 2799 ドル。 |
2009 | Early 2009 (Nehalem) | Xeon 3500/5500 シリーズ (最大 2.93 GHz) と統合メモリコントローラを採用し、1066 MHz DDR3 ECC メモリを搭載。Mini DisplayPort と DVI 端子が初登場。標準価格 2499 ドル〜。 |
2010 | Mid 2010 (Westmere) | クアッドコア/6 コア Xeon W プロセッサ (最大 3.33 GHz) と Turbo Boost 3.6 GHz。最大 12 コア構成、4 基の 512 GB SSD に対応。ATI Radeon HD 5770/5870 を選択可能。 |
2012 | Mid 2012 | 3.2 GHz クアッドコア Xeon W3565 または 2.4 GHz 6 コア Xeon E5645×2 と DDR3 メモリを搭載。筐体・ポートは 2010 年モデルと同じで Thunderbolt/USB 3.0 非対応。 |
2013 | Late 2013 (円筒形) | 統合サーマルコア採用。4/6/8/12 コア Xeon E5 と ECC DDR3 最大 64 GB、デュアル AMD FirePro GPU、PCIe ベース SSD を搭載。Thunderbolt 2×6、USB 3.0×4 を装備。 |
2019 | Mac Pro (ラティス筐体) | ステンレスフレームとアルミニウム筐体、MPX モジュールによるモジュール設計。Xeon W 最大 28 コア、最大 1.5 TB メモリ、PCIe スロット 8 基、Afterburner カードに対応。ベース価格 5999 ドル。 |
2023 | Mac Pro (M2 Ultra) | Apple Silicon M2 Ultra (24 コア CPU/最大 76 コア GPU)。ユニファイドメモリ最大 192 GB・800 GB/s、PCIe Gen 4 スロット×6、Thunderbolt 4 ポート×8、HDMI 8K×2 等を装備。ベース価格 6999 ドル。 |
おわりに
Mac Pro は 2006 年の登場以来、Apple のハイエンド・デスクトップとして技術革新と試行錯誤を繰り返してきた。初代から 2012 年モデルまでは高い拡張性とモジュール性を維持し、プロ市場を支えてきた。しかし 2013 年モデルでは大胆なデザインと小型化を優先した結果、内部拡張性が削減され、ユーザーからの評価は二分した。2019 年のラティス筐体モデルはその反省を踏まえ、拡張性を重視した設計に回帰し、プロフェッショナルユーザーから好評を得た。2023 年には Apple Silicon を採用し、新世代の性能と省電力性能を実現した一方で、拡張性のニーズが限られた特殊なユーザーに向けた製品となっている。英語圏と日本語圏の読者に向けて Mac Pro の歩みを振り返ることで、各世代の技術的特徴と市場評価の変遷を理解できる。Mac Pro の存在は、Apple がプロフェッショナル市場に応える姿勢と、デスクトップの限界に挑戦する姿勢を象徴している。
参考リンク / References
- Apple Unveils New Mac Pro Featuring Quad 64‑bit Xeon Processors
- Apple Introduces New Mac Pro – Apple
- Apple introduces new Mac Pro – NewAtlas
- Apple Unveils New Mac Pro With Up to 12 Processing Cores
- Meet the new Mac Pro, about the same as the old Mac Pro | Macworld
- New Apple Mac Pro Available Starting Tomorrow | TechPowerUp
- 2013 Mac Pro Review | TechCrunch
- Mac Pro 2019 release date, price, features & specs | Macworld
- Why I'm not switching my most powerful Intel Mac to Apple silicon just yet | Macworld
- Apple unveils new Mac Studio and brings Apple silicon to Mac Pro – Apple
- Mac Pro 2023: price and specs of Apple's 2023 Mac Pro | Macworld
- Apple Mac Studio review (M2 Ultra, 2023) | Engadget