
MacBook Airの歴史
はじめに
AppleのMacBook Airは、2008年に初登場した薄型・軽量ノートブックのシリーズです。アルミニウム削り出し筐体による洗練されたデザインと、高い携帯性を特徴としており、現在では13インチと15インチのモデルがラインナップされています。価格帯としては上位モデルのMacBook Proより低価格であるため、2012年に従来のMacBookが販売終了して以降はAppleのエントリーレベルのノートブックとして位置づけられています。本レポートでは、MacBook Airの開発背景から各モデルの詳細な変遷、そしてユーザー評価について年代順に詳しく解説します。Appleが提唱した「世界最薄ノートブック」がどのように進化し、市場やユーザーにどのように受け入れられてきたのかを紐解き、MacBook Airの歴史を深く理解することを目指します。
開発の背景と初代
2000年代後半、Appleは高性能なノートブック「MacBook Pro」や手頃な価格の「MacBook」を展開していましたが、より携帯性に優れた製品が求められていました。かつては12インチ画面のPowerBook G4(2006年販売終了)など小型モデルも存在しましたが、それ以降Appleのラインナップから超小型ノートが消えていたのです。一方、市場ではソニーや東芝から薄型軽量ノートが登場し、さらに低価格・低性能ながら小型なネットブックも流行し始めていました。そうした背景の中、Appleは“小型でも機能を妥協しない”プレミアム超軽量ノートの開発に着手します。
そして2008年1月15日、サンフランシスコで開催されたMacworld Expo基調講演の壇上で、AppleのCEOスティーブ・ジョブズが一枚のマニラ封筒から薄いノートパソコンを取り出してみせました。これが初代MacBook Airのお披露目であり、その衝撃的な演出は「封筒から取り出せるノートパソコン」として人々の記憶に刻まれました。MacBook Airは厚さ最薄部わずか0.4cm(最厚部でも1.94cm)と発表され、「世界最薄のノートブック」として大きな話題を呼びました。光学ドライブを搭載せずインターフェースも最小限に絞り込むという大胆な設計で、従来の常識を覆す製品だったのです。
シリーズ展開と機種別の歴史
初代MacBook Air(2008〜2009年)
初代MacBook Airは2008年1月29日に発売されました。13.3インチのワイド液晶ディスプレイとフルサイズキーボードを備え、重量約1.36kg(3.0ポンド)という軽さを実現しています。当時として画期的な薄型ボディに最新スペックを詰め込んだものの、いくつかの機能省略も話題となりました。当時の主な特徴は以下のとおりです。
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筐体・デザイン – アルミニウム製のユニボディ筐体を採用し、極薄のクラムシェルデザインを実現しました。最薄部は0.4cm、最厚部でも1.94cmという寸法で、画面を閉じた状態では従来のノートの最薄部よりさらに薄い厚みでした。ヒンジ側が厚く手前に向かって薄くなるくさび型(ウェッジ型)デザインで、薄さを強調するため側面をテーパー状に加工しています。重量は約1.36kgで、当時一般的だった他社の軽量ノート(約1.5〜1.8kg)よりも軽量でした。天面にはAppleのロゴが配置され、全体として洗練されたミニマルデザインとなっています。
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画面・入力装置 – 13.3インチのLEDバックライト付き光沢ディスプレイ(1280×800ピクセル)を搭載し、当時のAppleノートブックとして初めてLEDバックライトと光沢パネルを標準採用しました。液晶パネルは6ビットカラーのTN方式でしたが、十分な輝度と発色を備えていました。キーボードはアイソレーション型のフルサイズキーボードで、暗所での利用に便利なバックライト機能も備えています。また大型のマルチタッチ対応トラックパッドを搭載し、ピンチやスワイプなど指先のジェスチャーで直感的な操作が可能となりました。マルチタッチ対応トラックパッドはMacBook AirがAppleのノート製品で初めて導入した機能であり、以降のMacノートに受け継がれることになります。
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性能・内部仕様 – 初代モデルには、Intelが特別に小型化したMerom世代のCore 2 Duoプロセッサ(1.6GHzまたはオプション1.8GHz、2次キャッシュ4MB)を搭載しました。このCPUパッケージは通常より約60%面積を削減したもので、薄型ボディに収める鍵となりました。GPUはIntel GMA X3100(統合グラフィックス)で、主に軽量な作業に適した性能です。標準で2GBのメモリをオンボード搭載し、ストレージには1.8インチ・4200rpmの超小型ハードディスク(容量80GB)を採用しました。1.8インチHDDはiPod用に使われていたタイプで、スペース節約のため通常の2.5インチHDDではなくこの小型ドライブが使われています。さらに当時まだ高価だったSSD(ソリッドステートドライブ)を世界で初めてオプション提供し、64GB SSDモデルも選択可能でした。これはApple製品としても初のSSD搭載例でした。なお初代AirはApple最後のPATA接続ドライブ搭載Macでもあり、後継ではより高速なSATA接続に移行しています。
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インターフェース・拡張性 – 搭載ポート類は本体左側面に集約されたUSB2.0ポートが1基、映像出力のMicro-DVIポート、そして音声出力用のヘッドフォンジャックのみという極限まで削減された構成でした。有線LAN用のEthernetポートや高速インターフェースのFireWire(IEEE1394)は非搭載で、Kensingtonロック用スロットやオーディオライン入力端子も省かれました。光学ドライブも内蔵していないため、必要な場合はUSB接続の外付けDVDドライブ(オプションのMacBook Air SuperDrive)を使用するか、付属ソフト「Remote Disc」により他のPC/Macの光学ドライブを無線共有する機能が用意されました。このように物理ポートは最小限でしたが、無線機能として最新のWi-Fi (802.11n)とBluetooth 2.1+EDRを搭載し、「ケーブルに縛られないワイヤレスなコンピュータ」を目指した設計になっています。電源コネクタにはマグネット着脱式のMagSafeを採用し、ケーブルに引っ掛けても本体が落下しにくい安全設計も踏襲しています。
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その他の特徴 – 標準搭載のOSはMac OS X Leopardで、iSightカメラ(Webカメラ)がディスプレイ上部に内蔵されていました。バッテリーは本体内蔵型のリチウムポリマー電池で、ユーザーによる交換はできない設計です。公称の駆動時間はワイヤレス使用で最大約5時間と発表され、薄型ながら実用的なバッテリー持続時間を確保していました。また、環境面では水銀不使用のLEDバックライトや無臭塩素系樹脂(PVC)不使用など、当時のApple製品ガイドラインに沿った環境配慮型設計となっています。
初代MacBook Airは、その斬新さから大きな注目を集めました。「美しく薄いが機能を省略しすぎている」という評価もあり、発売当初は賛否が分かれました。特にUSBポートが1つしかない点や有線LAN非対応、光学ドライブ省略などに対しては、一部から批判の声も上がりました。しかし一方で、「真にワイヤレスな未来志向のノートブック」としてデザイン性や先進性は高く評価されました。結果的にMacBook Airはその後のノートPCデザインに大きな影響を与え、他社も追随する“ウルトラブック”カテゴリーの先駆けとなったのです。
なお初代機には発売後、小規模ながら仕様アップデートが実施されています。2008年10月に発表されたリファインモデルでは、CPUが省電力版のCore 2 Duo(Penryn世代)1.6GHz/1.86GHzに更新され、GPUもIntel GMAからより高性能なNVIDIA GeForce 9400Mへと変更されました。加えてストレージは最大128GB SSDが選択可能となり、映像端子は従来のMicro-DVIから新しいMini DisplayPortに置き換えられています。さらに内蔵ドライブの接続もPATAから高速なSATAに改められ、パフォーマンスと拡張性が向上しました。続く2009年6月のマイナーアップデート(Mid 2009モデル)では、バッテリー容量がわずかに増強され、CPUクロックも最大2.13GHzまで高速化されました。筐体デザインや基本仕様に大きな変化はありませんが、これら改良により初代MacBook Airは徐々に完成度を高めています。
テーパードユニボディモデル(2010〜2017年)
2010年、MacBook Airは初めてフルモデルチェンジを遂げました。2010年10月20日に発売された新モデルでは、筐体デザインがより洗練され、性能と使い勝手の両面で大きな進化を遂げています。当時の主な変更点は以下のとおりです。
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デザインとサイズ展開 – 新筐体は前世代よりさらに薄型化したテーパード(先細)形状のユニボディを採用しました。従来の13インチモデルに加え、新たに小型の11.6インチモデルがラインナップに追加されたことも大きなトピックです。11インチモデルは画面やバッテリー寿命、性能が13インチに比べ抑えられますが、その分さらに軽量コンパクトかつ安価で、当時流行していたネットブックより高性能な選択肢として位置づけられました。13インチモデルもデザイン刷新により体積が前世代比で大幅に減少し、高さ0.3〜1.7cm、重量約1.32kgへとわずかながら軽量化しています。両モデルともアルミユニボディ筐体を踏襲しつつ、エッジ部分のカーブ処理がより洗練され、全体的にモダンな印象となりました。
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ディスプレイ – 13インチモデルは解像度が1440×900ピクセルに向上し、細密な表示が可能になりました。11インチモデルは1366×768ピクセルのディスプレイを搭載し、小型ながら実用的な表示エリアを確保しています。どちらもLEDバックライトを採用し、発色と省電力性に優れています。画面サイズの追加により、ユーザーは携帯性重視(11インチ)か表示領域重視(13インチ)かを選べるようになりました。
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ストレージと性能 – ストレージには従来オプション扱いだったSSDが全モデル標準搭載となり、HDDモデルは廃止されました。この変更によりディスクアクセスの高速化と省電力・耐衝撃性の向上が図られています。また2010年モデルでは敢えて前世代同様のIntel Core 2 Duo(1.4GHz〜2.13GHz)を採用しました。これは当時最新のIntel Core iシリーズを採用すると内蔵GPUがIntel製となりグラフィックス性能が低下するため、あえて旧世代CPU+NVIDIA GeForce 320M(優れた統合GPU)という構成を選択したためです。結果として処理性能は前モデル比で向上しつつ、グラフィックス性能や発熱とのバランスに優れた設計となりました。メモリは2GB(オプション4GB)搭載で、従来同様オンボード固定です。
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インターフェース – インターフェース面ではユーザーの要望に応え、USBポートが2基に増設されました(筐体左右に各1基ずつ配置)。13インチモデルにはSDカードスロット(SDXC対応)も新たに搭載され、写真の取込みなどが容易になりました。また全モデルにステレオスピーカーが内蔵され、初代機のモノラル音源から音質が向上しています。MagSafe電源コネクタやヘッドフォンジャックも引き続き搭載されました。光学ドライブ非搭載は変わらないものの、複数USBポートとSDスロット追加により拡張性・利便性は大きく改善しました。なお映像出力はMini DisplayPortを踏襲しています。
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その他の改良 – バッテリー駆動時間が向上し、13インチモデルで公称7時間(無線LAN使用時)となりました。これは筐体内部設計の効率化と省電力パーツ採用により実現したものです。またキーボード面では、初代Airで搭載されていたキーボードバックライト機能がこの2010年モデルでは一時的に省略されました。しかし次述のとおり翌年には復活することになります。全体として2010年の刷新により、MacBook Airは「性能も妥協しないフル機能の超薄型ノート」へと進化し、従来の白いポリカーボネート製MacBookに代わって主力のコンシューマー向け機種となっていきます。
2011年以降、MacBook Airは内部仕様のアップデートを継続しながらAppleのノートブックラインの中心的存在となりました。2011年7月発売のモデルでは、CPUがついに最新世代のIntel Core i5/i7(デュアルコアSandy Bridge)に刷新され、大幅な性能向上を果たしています。これに伴いGPUはIntel HD Graphics 3000に変更されましたが、CPU性能向上と合わせて総合的な処理能力は前モデル比で大きく向上しました。またユーザー待望のバックライトキーボードが復活し、Thunderbolt(初代)ポートの追加、Bluetooth 4.0対応など拡張性・機能性も強化されています。同時期にホワイトMacBookが販売終了したこともあり、この2011年モデルからMacBook AirはAppleのエントリー向けノートブックの座を正式に引き継ぐ形となりました。
2012年6月のモデルでは、CPUがIntel第3世代(Ivy Bridge)に世代交代し、内蔵GPUもIntel HD Graphics 4000へ強化されました。このアップデートでUSB 3.0ポートの搭載、720p対応FaceTime HDカメラの搭載、MagSafeコネクタの形状変更(MagSafe 2)といった改良も行われています。メモリは標準4GBに倍増し(最大8GBまで構成可)となるなど基本スペックが底上げされました。
2013年6月のモデルでは、Intel第4世代Core(Haswell)を採用し内蔵GPUもIntel HD Graphics 5000へ更新されています。この世代最大の特徴は省電力性能の飛躍的向上で、バッテリー駆動時間は11インチモデルで9時間、13インチモデルでは最大12時間と従来比で約2倍に延びました。実際のレビューでもカタログ値を上回る駆動時間が報告されるなど、モバイル用途で圧倒的な強みを発揮しました。ストレージも128GBから搭載となり、最大512GBまで選択可能となっています。
2015年3月には、CPUがBroadwell世代にマイナーアップデートされ、Intel HD Graphics 6000の搭載やThunderbolt 2対応など細かな強化が行われました。この頃Appleは12インチの新製品「MacBook (Retina)」(2015)を投入しさらなる薄型化を追求しましたが、従来デザインのMacBook Airも引き続き人気を保ち併売されます。
その後11インチMacBook Airは2016年10月に販売終了となり、以降Airは13インチモデルのみが残りました。また2017年6月には13インチAirのプロセッサが1.8GHz駆動に高速化されるマイナーアップデートが実施されています。この2017年型は外観こそ旧態依然でしたが低価格で根強い人気があり、後述の次世代モデル発売後もしばらく併売されました。2017年時点でMacBook AirはApple製ノートで唯一非Retinaディスプレイを搭載し、USB-Aポートやアップグレード可能なSSD、光るリンゴマーク(背面発光ロゴ)など“従来のMacらしさ”を残す最後のモデルでもありました。このように2010〜2017年のAirは長期にわたり基本デザインを維持しつつ着実な性能向上を遂げ、Appleノートの定番として定着したのです。
Retinaモデル(2018〜2020年)
2010年代後半になると、従来デザインのMacBook Airに対して「画面解像度が低い」「時代遅れ」という指摘が増えてきました。そこでAppleは2018年、満を持してMacBook Airの大型アップデートを行います。2018年10月30日に発表された新世代のMacBook Airは、ついにRetinaディスプレイを搭載し、デザインもモダナイズされました。
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Retinaディスプレイ搭載 – 新モデルでは13.3インチのRetinaディスプレイ(2560×1600ピクセル、227ppi)を採用し、従来比で4倍以上のピクセル密度による精細な表示を実現しました。色域も拡大され、従来より48%広色域の発色が可能です。画面周囲のベゼル(縁)は黒色化され、幅も従来比で約50%細くなったことでデザイン的にも洗練されました。画面サイズ自体は13.3インチで同じですが、本体容積は前モデルより17%削減されコンパクトになっています。
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筐体デザインとカラー – アルミユニボディの筐体デザインは基本的に従来のくさび型を踏襲しつつ、細部が刷新されました。厚さは最厚部でも15.6mmに抑えられ(従来は17mm超)、重量も約1.25kgへとさらに軽量化しています。従来はシルバー1色のみだったカラーラインナップに、スペースグレイとゴールドが追加され3色展開となったのも特徴です。キーボードは第3世代のバタフライ構造(薄型機構)を採用し、キー右上には指紋認証センサーのTouch IDが初搭載されました。これにより電源ボタンで指紋認証によるロック解除やApple Pay認証が可能です。
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性能・仕様 – プロセッサにはIntel第8世代の省電力チップ(Amber Lake世代、5W級のCore i5-8210Y 1.6GHzデュアルコア)を搭載し、前世代に比べ消費電力あたりの性能が向上しました。標準メモリは8GBのLPDDR3(2133MHz)で、最大16GBまで増設可能です。ストレージは128GB SSDから開始(最大1.5TBまでBTO可能)となり、すべてSSD構成です。グラフィックスはCPU内蔵のIntel UHD Graphics 617を使用します。なおこの世代では、上位構成へのCore i7プロセッサ選択オプションが存在しない点も特徴でした(前世代2015〜2017年モデルにはi7オプションが存在)。
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インターフェース – インターフェース類は設計を一新し、従来のUSB-AやMagSafeに代えてUSB Type-C / Thunderbolt 3兼用ポートを2基備えます(両ポートとも充電・データ・映像出力に対応)。またヘッドフォンジャック(3.5mm)は引き続き搭載されています。SDカードスロットや従来のUSB-Aポートは省略されましたが、Thunderbolt 3経由で外部GPUボックスや4Kディスプレイへの接続も可能になるなど、拡張性はむしろ向上しています。通信面では802.11ac Wi-FiやBluetooth 4.2に対応しました。
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その他 – スピーカーはステレオスピーカーが強化され、従来比で音量+25%・低音倍増を実現しています。カメラは引き続き720pのFaceTime HDカメラを搭載します。セキュリティ用にApple独自開発のT2チップを搭載し、ストレージ暗号化や安全な起動プロセスをハードウェアレベルで実現しました。バッテリー駆動時間は公称で最大12時間(ワイヤレスWeb閲覧時)となっています。
この2018年型MacBook Air (Retina) は、旧世代からの大幅な進化が評価され販売面でも好調な出足を示しました。一方で発売当初は「価格が従来より上昇しスペック面ではMacBook Pro 13インチ(エントリーモデル)と近接する」点が指摘され、コストパフォーマンスに厳しい見方もありました。しかしAppleは2019年7月にこのモデルの小変更を行い、True Toneディスプレイ(周囲の色温度に画面を自動調整)をサポートするとともに、当初約13万円だった開始価格を約12万円に値下げしています。また2019年モデルではキーボードの素材改善(MacBook Pro 2019と同等パーツ)も図られ、信頼性向上が図られました。一方で256GB SSDモデルにおいて2018年版より読み取り速度が低下する現象も報告されました。
2020年3月にはIntel第10世代(Ice Lake世代、10nm)のCore i3/i5/i7を搭載したモデルが発売され、これがIntelプロセッサを搭載する最後のMacBook Airとなりました。2020年型ではキーボードがシザースイッチ式の新しいMagic Keyboardに刷新され、バタフライキーボードの信頼性問題が解消されています。またCPU性能の向上やThunderbolt 3経由で最大6K解像度の外部ディスプレイ(Pro Display XDRなど)を駆動可能になるなど強化が施されました。ストレージも従来の倍となる256GBから標準となり、価格も再度引き下げられたことで魅力が向上しました。総じて2018〜2020年のRetina世代によって、MacBook Airは現代的な仕様とデザインへ脱皮し、次章で述べるAppleシリコンへの移行準備が整ったのです。
ゴールドのMacBook Air (Retina, 2018) 。RetinaディスプレイやTouch IDを備え、デザインが刷新された。従来比でベゼル幅が細くなり、本体カラーも増えた。写真はキーボード右上にTouch IDセンサーを搭載するUS配列モデル。
Appleシリコンへの移行(2020〜2021年)
2010年代後半、AppleはMacのプロセッサをIntelから自社開発のAppleシリコン(ARMアーキテクチャベース)へ移行する計画を進めており、MacBook Airもその最初の対象となりました。2020年11月10日、AppleはAppleシリコン第1弾となるM1チップを搭載したMacBook Airを発表します。外観デザイン自体は2018年からのRetinaモデルと同一でしたが、内部アーキテクチャが一新され、性能と効率において飛躍的な進歩を遂げました。
M1搭載MacBook AirはCPU・GPU・メモリ等を1チップに統合したSoCであるApple M1チップを採用し、ファンレス設計で動作するのが大きな特徴です。従来のIntelモデルでは冷却ファンが必要でしたが、M1版Airは発熱が少ないためファンを省略し完全無音で駆動します。それでいてCPU性能は従来のIntel版Airを大きく上回り、発表当時「世界最速の13インチノートブックの一つ」と称されるほどでした。またバッテリー駆動時間も向上し、連続使用で最大15〜18時間にも達する長時間駆動が可能となりました。実際、M1 MacBook Airは発売後に各種メディアのベンチマークテストで高い評価を受け、「モバイルノートPCのゲームチェンジャー」とも評されました。CNETやThe Vergeをはじめ多くのレビューが、その静音性・高速動作・圧倒的バッテリーライフを賞賛しています。一方で筐体設計が従来と同じであるため、720pのFaceTimeカメラが据置きだった点(映像エンジンの改良で画質自体は向上)や、外部ディスプレイ出力が1台までに限定される点などは前モデルとの差異として挙げられました。それでもなおM1 MacBook Airは総合的に見て極めて完成度が高く、2020年末の発売以来ベストセラーモデルとしてAppleシリコン移行の成功を象徴する製品となりました。
新世代デザインへの刷新(2022〜現在)
2022年、MacBook Airは再び大きなデザイン転換期を迎えます。2022年6月6日のWWDC 2022基調講演にて、Appleは第2世代AppleシリコンのM2チップを発表するとともに、それを搭載した新デザインのMacBook Airを公開しました。このモデルでは2010年以来親しまれたくさび型のプロファイルを廃し、MacBook Pro (2021)シリーズに通じるフラットな形状の筐体を採用しています。主な特徴は以下のとおりです。
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フラットデザイン筐体 – 新筐体は従来の先細形状をやめ、全体が均一な薄さのフラットデザインとなりました。厚みは約1.13cmで統一され、エッジに丸みを帯びたシャープな外観です。14/16インチMacBook Pro (2021)のデザイン要素を取り入れつつ、Airらしく更なる薄型・軽量化を追求しています。実際、体積は前モデル比で約20%削減され、重量も約1.24kgと僅かに減少しました。これにより持ち運びやすさが一層向上しています。カラーバリエーションはシルバー、スペースグレイ、スターライト(淡金色)、ミッドナイト(濃紺)の4色展開となり、従来のゴールドはスターライトに置き換えられました。
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ディスプレイとカメラ – 画面サイズはわずかに拡大され、13.6インチのLiquid Retinaディスプレイ(2560×1664ピクセル)を搭載します。画面上部にはMacBookシリーズで初めてノッチ(くぼみ)が設けられ、メニューバー部分にWebカメラが内蔵されました。カメラは1080p対応のFaceTime HDカメラに進化し、暗所性能や映像品質が大きく向上しています。ディスプレイ輝度も最大500ニトと前世代比で25%明るくなり、広色域(P3)やTrue Toneにも対応します。
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チップ性能 – M2チップはM1比でCPU性能が約18%高速化し、GPUコア数も最大10コア(M1は7〜8コア)に増えてグラフィックス性能が最大35%向上しました。メモリ帯域も50%拡大し、メモリ容量は最大24GBまで選択可能となっています。これにより従来以上に動画編集やプログラミングなど負荷の高い作業も快適にこなせる性能を獲得しました。加えて新設計の筐体は効率的な放熱が図られており、引き続きファンレスで静音動作を実現しています。
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インターフェースと充電 – MagSafeによる充電機構がAirに久々に復活しました。本体側面に第3世代MagSafe 3ポートが搭載され、充電専用ポートが確保されたことで両側のThunderbolt/USB4ポート2基は従来以上にフレキシブルに利用できます。MagSafe 3は最大67W入力の急速充電に対応し、別売りアダプタ使用で30分で50%充電が可能です。その他インターフェースはThunderbolt/USB4ポートが2基、3.5mmヘッドフォン(高インピーダンス対応)となっています。ヘッドフォン端子が残された点は評価されました。
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オーディオ – スピーカーシステムは従来のステレオから4スピーカーシステムに拡充されました。筐体内部に2基のツイーターと2基のウーハーを内蔵し、Dolby Atmos対応の空間オーディオ再生にも対応しています。これにより薄型ノートながら迫力あるサウンドが楽しめます。マイクも3基のアレイ構成となり、ビームフォーミング技術で明瞭な音声入力が可能です。
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その他 – キーボードは物理ファンクションキーがフルサイズ化され(Touch Barは非搭載)、Touch IDセンサーも健在です。バッテリー駆動時間は公称で最大18時間(動画再生時)と据え置かれていますが、Appleシリコンの効率の良さにより実使用でも長時間のバッテリーライフが報告されています。
このM2搭載MacBook Air (2022) は、その新デザインと高性能により発売直後から好評を博しました。特に多くのユーザーが待ち望んでいたMagSafeの復活や1080pカメラ搭載、さらにノッチ付きとはいえ画面の大型化・高輝度化は歓迎されました。一方で価格の上昇(M1世代より約2万円高)や、エントリーモデルのSSD速度低下問題(256GBモデルでNANDチップ構成の違いにより読み書き速度がM1比で低下する報告)などいくつかの論点もありました。しかし総じて「MacBook Air史上最大の進化」と評価され、2022年下半期のベストバイ・ノートPCとして多くのメディアに取り上げられました。
2023年6月5日には、更なるラインナップ拡充として15インチモデルのMacBook Airが発表されました。15.3インチ(解像度2880×1864)の大型Liquid Retinaディスプレイを備えたモデルで、基本設計は2022年版13インチAirを踏襲しつつ画面とバッテリー容量を拡大したものです。厚さ約11.5mm・重量約1.51kgと、画面サイズの割に非常に薄く軽い点が特長で「世界最薄の15インチノート」を謳いました。内部はM2チップ(8コアCPU/10コアGPU)を搭載し、メモリやストレージ構成も13インチ版と同様です。6基のスピーカーを内蔵し空間オーディオに対応するなど、筐体サイズを活かした強化も行われています。15インチMacBook Airは従来存在しなかったサイズ区分への進出ということで市場の注目を集め、より広い画面を求めるユーザー層に歓迎されました。
さらにAppleは定期的なチップアップデートも続けています。2024年3月4日には第3世代チップとなるM3チップ搭載のMacBook Air(13インチおよび15インチ)が発表されました。筐体デザインや基本仕様はM2モデルを踏襲しつつ、クラムシェルを閉じた状態で外部ディスプレイを2台までサポートするよう拡張されています(M1/M2世代は1台まで)。続いて2025年3月5日にはM4チップ搭載モデルが発表されました。こちらも外観は同じですが、M4チップの性能向上に加え、Sky Blue(空色)の新色が追加(従来のスペースグレイに代わり採用)、インカメラが1200万画素のCenter Stage対応カメラに進化、さらに初期構成のメモリ容量倍増や価格引き下げなど大幅な強化が施されています。バッテリー駆動時間も最大20時間とAir史上最長を更新しました。
M3/M4世代のMacBook Airも引き続き高評価を得ています。特に2025年モデル(M4)は各種レビューで絶賛され、例えばWired誌のBrenda Stolyar氏は「優れたパフォーマンス、明るいディスプレイ、改良されたWebカメラ、長い電池持ち、倍増した標準メモリ容量」を称賛しました。Tom's GuideのMark Spoonauer氏も「ほとんどの人にとってベストなMacBookであり、現時点で最高のノートパソコンだ」と述べるなど、MacBook Airは世代を重ねてもなお市場で高い評価と存在感を保っています。
ユーザーの評価
MacBook Airシリーズは、その登場以来ノートパソコン市場に大きなインパクトを与えてきました。初代モデル(2008年)は、「封筒から取り出せる世界最薄ノート」という衝撃的なデビューで注目を集め、デザイン面では賞賛されました。一方で性能や拡張性を犠牲にした設計には批判もあり、発売当初の評価は賛否両論でした。著名評論家ウォルト・モスバーグ氏も「美しく薄いが、機能が削られすぎている」と評するなど、従来の基準で見ると割り切りの多い製品と受け止められたのです。しかし、その割り切りこそがモバイルの未来を先取りしているとの見方も徐々に広がり、実際モバイル環境では欠点とされた光学ドライブの非搭載やポート削減はそれほど問題にならないユーザーも多いことがわかってきました。
2010年のデザイン刷新以降、MacBook Airの評価は一転して安定したものとなります。小型軽量ながら必要十分な性能を備えた2010〜2011年モデルは、「学生からビジネスユーザーまで万人に勧められるノートパソコン」として各メディアのベストバイに挙げられました。特に2011年モデルで性能と機能が大きく底上げされて以降、MacBook AirはAppleのノートPCラインの主力となり、従来のMacBookシリーズ(ポリカーボネート筐体)を置き換える存在となりました。価格もエントリー寄りに抑えられたことで販売面でも成功を収め、2013年のHaswell版では「バッテリー駆動時間が驚異的」として競合Windowsノートとの差別化に成功しました。この2013年型は発売当時、複数のレビューで「現行ノートPC最高のバッテリー持ち」と賞賛されるなど飛躍的な評価を得ました。
しかし2015年以降、Retinaディスプレイ非搭載であることや古典的デザインが目立ち始め、次第にMacBook Airは「古いが安価なモデル」という位置付けになっていきます。それでも信頼性や使い勝手の良さから根強い人気があり、Appleも2017年まで小規模アップデートを続けました。ユーザーの中には「解像度以外は完成形」と評価し敢えて旧Airを選ぶ人もいましたが、一方で高精細化・薄ベゼル化が進むノートPC市場において旧Airの画面は見劣りするとの声も強まっていました。
2018年のRetinaモデル登場は、そうした声に応えるものでした。Retina MacBook Airに対するユーザー評価は概ね好意的で、「待望のRetina化」「ポートフォリオ上もっともバランスの良いMac」といった評価が多く聞かれました。特に従来のMacBook Pro 13インチ Touch Bar無しモデルが廃止されたこともあり、軽量でRetinaディスプレイを持つAirは多くのユーザーにとって魅力的な選択肢となりました。ただ、発売当初は価格設定の高さやキーボードの信頼性(バタフライ機構による不具合懸念)などが指摘され、一部では「あと一歩で完璧になりきれない」との声もありました。2019年の小改良・値下げでその不満点は多少解消され、2020年初頭のIntel最終モデルではMagic Keyboard搭載でタイピング品質の問題も解決します。結果として2020年Intel版Airは「完成されたノートブック」と評価されました。実際、多くのレビューが「もしAppleシリコンへの移行が無ければ長くベストセラーとなっただろう」と評しています。
そして2020年末に登場したM1搭載MacBook Airは、ユーザー評価を新たな次元に引き上げました。従来デザイン踏襲ながら劇的に向上した性能とバッテリー持続時間は、エンドユーザーのみならずPC業界全体に衝撃を与えました。発売直後から「ノートPCのゲームチェンジャー」「この価格帯でこの性能は信じられない」といった絶賛が相次ぎ、各種メディアの年間ベストデバイスに選出されています。実際、MacBook Air (M1, 2020)は従来型MacBook Pro 16インチに匹敵するCPU性能を示しつつ完全無音で駆動する点が高く評価されました。ユーザーからも「長時間のバッテリーと静音性のおかげで日常使用が快適」「もうIntelには戻れない」という声が多く聞かれ、Appleシリコン移行の成功を決定づけたモデルとなりました。
2022年のデザイン刷新版(M2搭載)は、再びユーザーの評価を二分しました。新筐体デザインや豊富なカラー、MagSafe復活は概ね好評で、「ついに近代的ルックを得たMacBook Air」と歓迎されました。一方で販売価格の上昇や、ベースモデルSSDの速度低下問題がテックコミュニティで物議を醸し、「エントリーモデルの選択には注意が必要」との指摘もありました。しかし総合的には性能・機能の底上げにより評価は高く、特に15インチモデル追加は「軽量大型ノート」という新需要を掘り起こしたと評されました。15インチAirについては「学生からビジネスユーザーまで、ほとんどの用途でMacBook Proを必要としない層に最適」という声もあり、発売後は売上好調と報じられています。
2024〜2025年のM3・M4搭載モデルについては、基本的にM2世代の完成度を引き継ぎつつ性能強化が図られているため、ユーザー評価も堅調です。特にM4モデルでは価格が据え置きながら性能と仕様が大幅強化されたことで「コストパフォーマンスが非常に高い」との意見が目立ちます。主要メディアのレビューでも軒並み高評価を受けており、前述したように「ほとんどのユーザーにとって現時点で最高のノートパソコン」といった賛辞も得ています。
総じて、MacBook Airは「時代によって評価が揺れ動きつつも常にノートPCトレンドをリードしてきたシリーズ」と言えます。薄型軽量ノートの先駆者として登場し、性能と省電力性の両立、そしてAppleシリコンへの先陣と、節目ごとにユーザーの期待を超える価値を提供してきました。その結果、発売から十数年を経た現在もMacBook Airは非常に人気が高く、多くのユーザーにとって「ちょうど良い」ノートパソコンとして支持されています。
主なモデルと発売年・特徴の一覧
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2008年1月 – MacBook Air (13-inch, Early 2008) : 初代モデル登場。13.3インチ液晶搭載。厚さ0.4〜1.94cmのアルミ筐体にIntel Core 2 Duo (Merom) 1.6/1.8GHz、2GBメモリを搭載し、「世界最薄ノート」を実現。光学ドライブ非搭載・USB等インターフェース最小限で話題に。重量約1.36kg、バッテリー駆動5時間。オプションで64GB SSD選択可(Apple初のSSD搭載機)。
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2008年10月 – MacBook Air (Late 2008) : 初のリファイン。CPUを低電圧版Core 2 Duo (Penryn) 1.6/1.86GHzに更新し、GPUをNVIDIA GeForce 9400Mに強化。Micro-DVI端子をMini DisplayPortに変更し、HDDは120GB、SSDは128GBへ大容量化。内部接続もPATAからSATAに変更され性能向上。
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2009年6月 – MacBook Air (Mid 2009) : マイナーアップデート。CPUクロック向上(1.86/2.13GHz)とバッテリー容量微増による駆動時間延長。外観や他仕様はLate 2008と同様。
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2010年10月 – MacBook Air (Late 2010) : フルモデルチェンジ。新筐体デザイン採用(テーパードエッジのユニボディ)。ラインナップに11.6インチモデル追加。全モデルSSD標準搭載、GPUはGeForce 320Mを搭載。13-inchは1440×900高解像度液晶に進化、USBポート2基・SDカードスロット(13″のみ)搭載など利便性向上。バッテリー駆動7時間に延長。
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2011年7月 – MacBook Air (Mid 2011) : CPUをIntel第2世代Core i5/i7 (Sandy Bridge)に刷新。Thunderboltポート初搭載、バックライトキーボード復活、Bluetooth 4.0対応など機能強化。性能向上と値下げでMacBook (白)に替わるエントリーモデルに。
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2012年6月 – MacBook Air (Mid 2012) : CPUを第3世代Intel Core (Ivy Bridge)に更新、USB 3.0ポート追加。720p FaceTime HDカメラ搭載、MagSafe 2コネクタ採用。メモリ標準4GB化(最大8GB)。
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2013年6月 – MacBook Air (Mid 2013) : CPUを第4世代Intel Core (Haswell)に更新。大幅な省電力化により駆動時間が11″で9時間、13″で12時間に延長。ストレージ容量128GB〜(最大512GB)に倍増。Wi-Fiが802.11ac対応に。
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2015年3月 – MacBook Air (Early 2015) : CPUをIntel Broadwellに刷新、GPUをHD 6000に強化。Thunderboltを2にアップグレード。各種スペック微向上(SSD/メモリ速度改善)。
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2017年6月 – MacBook Air (Mid 2017) : CPUクロックを1.8GHzに向上させた小改良モデル。外観・機能は2015年版踏襲。このモデルが非Retinaディスプレイ搭載の最後のMacとなった。
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2018年10月 – MacBook Air (Retina, 13-inch, 2018) : Retinaディスプレイ(2560×1600)搭載の新デザイン版。Touch IDセンサー内蔵、Thunderbolt 3 (USB-C) ×2ポート採用。CPUはIntel Amber Lake世代のCore i5 (1.6GHzデュアルコア)、メモリ8GB標準。筐体は薄型化・軽量化し、カラーは3色展開(シルバー/スペースグレイ/ゴールド)。
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2019年7月 – MacBook Air (Retina, 13-inch, 2019) : True Toneディスプレイ対応追加。サードジェネレーションの改良版バタフライキーボード搭載(信頼性向上)。価格改定で値下げ実施。※CPUは据え置き。
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2020年3月 – MacBook Air (Retina, 13-inch, 2020) : Intel第10世代(Ice Lake)Core i3/i5/i7搭載。キーボードがMagic Keyboard(シザー式)に変更され信頼性改善。Thunderbolt 3経由で外部6Kディスプレイ出力対応。標準ストレージ256GBに倍増。これがIntel CPU搭載最後のモデル。
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2020年11月 – MacBook Air (13-inch, M1, 2020) : AppleシリコンM1チップ搭載モデル。CPU8コア/GPU7〜8コア構成でIntel版を凌ぐ高速性能と静音・長時間動作を実現。ファンレス設計で無音駆動。外観はRetinaモデル踏襲。発売後レビューで「性能とバッテリー持ちに革命」と高評価。
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2022年7月 – MacBook Air (13.6-inch, M2, 2022) : 新デザイン筐体(フラット形状)採用。画面サイズ13.6インチに拡大(ノッチ付き)、1080pカメラ搭載。MagSafe 3ポート復活。M2チップ搭載でCPU/GPU性能向上。4色展開(シルバー/スペースグレイ/スターライト/ミッドナイト)。厚さ約11mm、重量約1.24kg。急速充電対応。
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2023年6月 – MacBook Air (15-inch, M2, 2023) : 初の15インチMacBook Air。15.3インチLiquid Retinaディスプレイ搭載。基本仕様は13インチM2モデルと同等(M2チップ、1080pカメラ、MagSafe搭載等)。6スピーカー内蔵で迫力ある音響。重量約1.5kgながら極薄デザインを維持。大画面と軽さの両立で高評価。
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2024年3月 – MacBook Air (13-inch/15-inch, M3, 2024) : M3チップ搭載へアップデート(CPU/GPU性能向上)。筐体・機能は2022年モデル踏襲。クラムシェルクローズ時に外部ディスプレイ2台出力をサポート。
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2025年3月 – MacBook Air (13-inch/15-inch, M4, 2025) : M4チップ搭載モデル。筐体デザインは継続だが、新色Sky Blue追加。カメラが12MP Center Stage対応に強化。初期メモリ倍増&価格値下げ。バッテリー駆動最長20時間を達成。各メディアで「史上最高のMacBook Air」と賞賛される。
おわりに
MacBook Airの歴史を振り返ると、それは常に「ノートブックのあるべき姿」を問い続けてきた軌跡でもあります。2008年、光学ドライブやポートを削ってでも実現したかった薄さと軽さは、後のウルトラブック時代を切り拓きました。2010年の刷新で薄型ノートとフル機能の両立に成功し、以降MacBook Airは多くのユーザーにとって標準的な選択肢となりました。Retinaディスプレイの搭載やAppleシリコンへの移行など、大きな転換点でもMacBook Airは先陣を切り、その都度ユーザーの期待に応えて進化しています。
現在のMacBook Airは、初代モデルと比べれば性能も画面も大きく様変わりしました。しかし「薄くて軽いノートブック」という原点コンセプトは色褪せることなく受け継がれています。むしろ技術の進歩によって、当初はトレードオフだった性能やバッテリー寿命すら高水準で両立するようになりました。MacBook Airは今やAppleのノートブックラインの中核として、多くの人々の創造性や生産性を支える存在となっています。
17年以上にわたるMacBook Airの歩みを見ると、各時代のユーザーニーズやテクノロジートレンドに応じて絶えず進化してきたことが分かります。その革新的精神はこれからも引き継がれ、将来のモデルでも私たちを驚かせてくれるでしょう。薄さと軽さ、そして使い勝手の最良のバランスを追求し続けるMacBook Airは、ノートパソコンの歴史におけるひとつの完成形と言えるかもしれません。常に先進的であり続けたMacBook Airの歴史を通じて、Appleが掲げるデザイン哲学と技術力の粋を感じ取ることができるのではないでしょうか。今回の深掘りによって、読者の皆様がMacBook Airへの理解をさらに深め、この製品の魅力と意義を再発見していただけたなら幸いです。
MacBook Air開発秘話とスティーブ・ジョブズの舞台裏
超薄型ノートへの挑戦 – 背景と構想
2000年代半ば、Appleのノートブックラインアップには高性能志向のMacBook Proと手頃なMacBook(白いポリカーボネート筐体)がありました。しかし市場ではさらに小型・軽量なノートPCへの期待が高まり、ソニーや東芝からは洗練された薄型モバイルノートが登場し始めていました。一方でASUS Eee PCに代表される低価格なネットブックも流行し、「モバイル性か性能か」という二択が極端だったのです 。Appleもかつて12インチのPowerBookなど小型モデルを出したことがありましたが、2006年に販売終了して以降その後継はなく、超軽量ノート市場では出遅れていました。
こうした中、AppleのCEOスティーブ・ジョブズは「世界で最も薄いノートブックを作る」という次なる夢に着手します。実現には当時の技術的制約を超える必要がありました。事実、Intelのモバイル向け最新プラットフォーム(Santa Rosa世代)は薄型化に適さず、ジョブズの目標を達成するには根本的な工夫が要ったのです 。AppleはプロセッサメーカーのIntelと緊密に協力し、Core 2 Duoプロセッサのパッケージ(基板実装部分)のサイズを従来比60%も小型化する特別仕様を実現します 。この専用チップはIntelの公式ロードマップには無かったもので、Appleのために前倒しで提供されたものでした 。ロジックボードの大幅な小型化によってバッテリー搭載スペースを確保し、筐体全体の薄型設計が可能になったのです 。こうした技術的ブレイクスルーを背景に、ジョブズ率いるAppleは「妥協のない超軽量ノート」の開発へと踏み出しました。
なお、ジョブズはこのカテゴリの重要性を早くから認識していました。実は2001年、ジョブズは当時洗練された薄型ノートとして名高かったソニーのVAIOに強い関心を示し、自社のMac OS XをVAIOに搭載するという異例の提案さえ行っています 。元ソニー社長の安藤国威氏によれば、ハワイでのゴルフ会合にジョブズがVAIOで動くMac OSを持ち込み、ソニー幹部を驚かせたといいます 。この提案は最終的に実現しませんでしたが、当時からジョブズが「理想のモバイルノート体験」を模索していたことを物語る逸話と言えるでしょう。
妥協なき設計 – 初代MacBook Air開発秘話
こうして開発された初代MacBook Airは、2008年1月の「Macworld Expo 2008」で発表されました。ジョブズはこの製品において、従来のモバイルノートで当たり前だった妥協を敢えて拒否しています。ウォルト・モスバーグ氏が指摘したように、多くの小型ノートは画面サイズやキーボードを縮小することで軽量化していましたが、Appleは13.3インチの大型ディスプレイとフルサイズキーボードをそのまま搭載する道を選んだのです 。ジョブズ自身、「他社の薄型ノートはキーボードやディスプレイが小さすぎる。小型でも使い勝手を犠牲にすべきでない」と考えていました。実際、プレゼンでも「他社は小さな画面やキーボードに妥協しすぎだが、我々はそうしなかった」と強調しています 。
しかし大画面・大きなキーを詰め込んだ分、別の箇所で割り切りが必要でした。初代MacBook Airでは光学ドライブ(CD/DVDドライブ)を完全に省略し、インターフェース(接続端子)も必要最小限のみ搭載しています。標準のUSBポートは1基のみ、あとは小型のMicro-DVI映像端子とヘッドホンジャックがあるだけでした。さらにバッテリーは薄型筐体に内蔵されユーザー交換不可となり、当時モバイルノートでは常識だった予備バッテリー運用ができません 。モスバーグ氏はこれを「サブノートでは極めて異例な大胆な省略」と評し、取り外し電池が無いことを「出張族にとっては衝撃的な欠落」と述べています 。とはいえジョブズはこれらの決断に自信を持っていました。「本当に良い製品に必要ない要素は思い切って省く。我々は最良の製品を作るためなら批判を浴びる覚悟で機能を削る」という彼の哲学があったからです 。
ジョブズが描いたのは、ワイヤレスで完結する未来志向のノートブックでした。内蔵ドライブが無い代わりに、他のPCのドライブを無線で借りられる「Remote Disc」機能や、オプションの外付けUSB光学ドライブを用意し、ソフトウェアのインストールやメディア再生に対応しました 。有線のイーサネットポートも省かれましたが、代わりに最新のWi-Fi(802.11n)無線通信を内蔵し、必要なら別売のUSB-Ethernetアダプタで対応可能としました 。つまりジョブズは、余計なケーブルやメディアに縛られず、無線ネットワークとフラッシュメモリによって軽快に動作するノートを目指したのです。
デザイン面でも、初代Airは徹底した薄型化が追求されました。アルミニウムの筐体はヒンジ側を最厚部(約1.94cm)として手前に向かって先細るクサビ型(ウェッジ型)を採用し、視覚的な薄さを強調しています。最薄部はわずか0.4cmしかなく、閉じた状態では従来ノートのどの部分よりも薄い驚異的なプロポーションでした。こうした独特の側面形状は、ジョブズとJony Ive率いるデザインチームの協働で生まれたものです。ポート類は左側面のポップアップ式ドアの内側に隠す設計とし、使用しないときは筐体の美観を損なわないよう工夫されました。冷却ファンや大型ヒートシンクも従来機ほど大きくは搭載できないため、発熱を抑える低電圧CPUや統合グラフィックスを採用し、さらに筐体内部のヒートパイプ設計にも細心の注意が払われました(初代Airは薄さゆえに発熱問題が指摘され、後にAppleはファームウェア修正を配布しています )。ストレージには厚みを減らすため1.8インチ径の小型ドライブ(当時iPod向けのサイズ)を使い、オプションでは高価ながら先進的なSSD(ソリッドステートドライブ)も世界で初めて選択可能としました。
このように、初代MacBook Airの開発は一切の妥協をしない部分(画面・入力の快適さ)と割り切る部分(光学ドライブやポート類)を明確に定め、そのために必要な技術革新(Intelとの特注CPU開発、筐体設計、新ソフト機能)を総動員したプロジェクトでした。ジョブズは「ハードもソフトも自社でコントロールしているAppleだからこそ、これだけ思い切ったノートブックが作れる」と自負していました 。実際、ハードウェアとOSの緊密な連携により、光学ドライブ非搭載や新たなマルチタッチトラックパッドの導入など、大胆な挑戦が可能になったのです。Apple全社が「世界最薄ノート」というビジョンを共有し、ジョブズのリーダーシップのもとで製品化に漕ぎ着けたMacBook Airは、まさに社の総力を結集したイノベーションの結晶でした。
世界最薄を演出 – マニラ封筒プレゼンの舞台裏
2008年1月15日、サンフランシスコのMacworld Expo基調講演のステージにおいて、スティーブ・ジョブズはMacBook Airのお披露目に伝説的な演出を用意しました。会場には「There’s something in the air(空中になにかが)」と書かれた幕が掲げられ 、新製品の登場を示唆します。そしてジョブズが取り出した小道具は、一見ただの茶色い書類用封筒でした。観客が息を呑む中、ジョブズはそのマニラ封筒をゆっくりと開け、中から薄いノートパソコンを取り出して見せたのです 。この瞬間、会場からは大きなどよめきと歓声が上がりました。まさに*「封筒から取り出せるノートブック」*というサプライズであり、ジョブズのプレゼン史に残る名場面として人々の記憶に刻み込まれました 。
ジョブズは満足げにMacBook Airを手に持ち、その極薄ぶりを強調するように側面を観客に向けました。彼は「これが世界最薄のノートブックです」と宣言し、「皆さんのオフィスにあるあの封筒に入ってしまうほど薄いんですよ」と語っています 。実際、厚さを比較するスライドでは競合ソニー製ノート(TZシリーズ)の最薄部よりも、MacBook Airの最厚部の方が薄いという衝撃的なデータが示され、会場を沸かせました 。この封筒から取り出すという演出自体、ジョブズが自ら考案したアイデアだったと言われています。日常的なオブジェクトである封筒を使うことで、観客にMacBook Airの薄さを直感的かつ印象的に伝える狙いがあったのです。「製品の特徴を一瞬で語る見せ方」としてジョブズらしいシンプルかつドラマチックな手法でした。
後日談として、この封筒プレゼンのインパクトはApple社内外で大きな話題となりました。Apple CEOの後任となったティム・クックは2024年のインタビューで当時を振り返り、「封筒から取り出すあの瞬間が、そのデバイス(MacBook Air)のキャラクターを確立した 。最初のモデルは売上よりもまず製品の基盤を築くことが大事で、それを象徴する巨大な瞬間だった」と述べています  。この演出によってMacBook Airは「書類カバンに収まるPC」という明確なイメージを獲得し、それが現在まで続くシリーズのアイデンティティになったと言えるでしょう。
封筒から取り出されたMacBook Airに会場が熱狂する一方で、ジョブズは自信満々に特徴を説明していきます。「光学ドライブもなくし、徹底的に薄くした」と語るジョブズに、一部の観客は驚きと不安を感じたかもしれません。しかし彼はすかさず「でもほら、無線機能で大抵のことはできる」とWireless機能の充実をアピールしました。実演では別のMacのDVDドライブをネット経由で利用する様子を見せ、会場からは感嘆の声が上がりました。封筒という小道具から始まり、「欠けているもの」より「得られる体験価値」にフォーカスしてみせるのがジョブズ流のプレゼンテーションです。
ジョブズの卓越したプレゼン術により、MacBook Airのコンセプトは瞬く間に世界中に拡散しました。この基調講演直後からテックメディアはこぞって封筒から登場した新製品を報じ、写真が誌面を飾りました。著名テクノロジーライターのスティーブン・レヴィは提供された試作機を自宅でテスト中、あまりの薄さゆえに雑誌の山に紛れて紛失してしまい「ゴミと一緒に捨ててしまったかもしれない」と冗談めかして伝えています (それほどまでにAirは薄かった、というエピソードとして語られました)。またガジェット系ブログのEngadgetは、「封筒に入るだけでなくドアの下をくぐらせることもできるし、もし本気で投げつけたら多分これで誰かを真っ二つにできるだろう」とユーモア交じりに表現しつつ、「間違いなく現時点で最もセクシーなラップトップだ」とその美しさをベタ褒めしました 。一方で「USBポートが1つしかないのは痛い」「バッテリー駆動時間は公称5時間だが実用3〜4時間程度」など、欠点についても辛口の指摘が見られたのも事実です  。発売当初の世評は賛否両論に分かれ、「値段の割に性能が低いただの贅沢品だ」と見る向きと「ノートPCの未来形が現れた」と評価する向きが混在しました 。実際、初代Airの国内発売価格は最安モデルで20万円近くにもなり、当時としても飛び抜けて高価でしたので、その価値に対する議論が起こったのは当然とも言えます。
それでも、MacBook AirがノートPCの常識を変える契機となったことは間違いありません。製品発表からしばらく経つと、かつて否定的だった声も次第に「使ってみると意外と快適」「薄さと軽さは何にも代え難い」とトーンを変えていきました。著名評論家のモスバーグ氏自身もレビューの結びで「もしあなたが薄さや携帯性を最重視し、DVD視聴や多数の周辺機器接続を必要としないならMacBook Airはうってつけだ」と述べ 、用途次第で唯一無二の選択肢になり得ることを認めています。ジョブズが狙った「未来志向のノートブック」は、初代発売当初こそ尖った存在でしたが、その後のユーザー体験によって次第に評価を高め、市場に新たなカテゴリー「ウルトラブック」を切り拓く先駆けとなったのです 。
不測の事態に備えた舞台裏だけを抜き出した“もうひとつの物語”
封切りの数時間前、モスコーニ・センターの袖には、まだ誰も見たことのない超薄型ノートと――それを包む〝ごくありふれた〟茶色の社内封筒が静かに並んでいた。スティーブ・ジョブズにとって、この封筒は単なる小道具ではない。「世界最薄」を一瞬で腹落ちさせる象徴であり、何度転んでも立て直せる保険でもあった。アップルのスタッフは、厚み・紙質・糊の剥がれやすさが微妙に異なる封筒を十数枚用意し、ジョブズの手首の角度や引き抜く速度までミリ単位でリハーサルを重ねたという。プレゼンの達人カーマイン・ガロが「ジョブズは“忘れられない瞬間”を作るまで徹底的に練習した」と語るとおりだ。    
舞台袖には 封筒入りのMacBook Airが最低3セットスタンバイ。ジョブズが取り出す1台のほか、万一の落下・フリーズ・電源断に備えて、同じ封筒に収めた予備機が順番待ちしていた。ライブブログ班も「スタッフが複数のAirを抱えてステージ脇を行き来していた」と記録している。  
もう一つの火種は“光学ドライブレス”を証明する Remote Disc デモ だった。Airが無線で別マシンのDVDドライブを「借りる」様子を見せるため、会場後方にはOS Xを走らせたMac miniとバックアップ用の有線イーサネットが隠されていた。ネットワークが不安定でもスムーズに切替えられる二重構成で、ジョブズがクリックするたび担当エンジニアがランプとログを注視していたという。  
ハード側にもリスクはあった。Airの心臓部には 従来比60%小型の特注Core 2 Duo が鎮座するが、このエンジニアリングサンプルは発熱余裕が少ない。アップルはシリコンサーマルプレートで温度を管理し、本番直前にロジックボードを載せ替える“コールドスワップ”手順まで用意。インテルCEOポール・オッテリーニが「幅は10セント硬貨、厚さは5セント硬貨」と自慢した小さなパッケージは、舞台裏で静かに冷やされていた。    
さらに「もしRemote Discがうまくつながらなければ――」という万が一に備え、外付けSuperDriveとUSB‑Ethernetアダプタ も客席の見えない場所に常備。ジョブズは“ワイヤレスこそ未来”と説いたが、裏方は最後まで有線という古典的解を捨てなかった。  
こうして練り上げられた多重バックアップ体制の上で、ジョブズはあの軽やかな一瞬――封筒からAirを滑り出させ、観客に側面を見せつける――を実現したのである。ティム・クックが後年「あの封筒の瞬間が製品のキャラクターを決定づけた」と振り返ったのも、完璧さを支えた舞台裏の“臆病なまでの準備” があったからだ。
ジョブズが貫いた哲学と思考
MacBook Airの開発秘話を語る上で欠かせないのが、スティーブ・ジョブズの製品哲学です。彼は常々「優れた製品とは焦点を定めることだ」と説いていました。すなわち、製品で何を重視し、何をあえて捨てるかを明確にするということです。「ある要素を最高に仕上げるためには、他の要素をあえてやらない選択も必要だ。我々はそれで市場に叩かれるなら受け入れる。最高の製品を届けるためならばね」とジョブズは語っています 。MacBook Airはまさにその哲学の体現でした。フルサイズキーボードや大型ディスプレイというユーザー体験の要となる部分は守り抜く一方、光学ドライブや多数のポートといった当時「常識」と思われた機能は思い切って削減しました。
この決断には、ジョブズの先見性が表れています。彼は早くから音楽CDやDVDといった物理メディアの終焉を予見し、ソフトウェア配布やエンターテインメントがネット配信へ移行する流れを読んでいました。また無線LAN(AirMac/AirPort)の普及にAppleとして注力してきた歴史もあり、MacBook Airという名前自体に「エア=無線」というコンセプトを織り込んでいます。ジョブズはプレゼンでMacBook Airを「真にワイヤレスな将来のノートブック」だと位置付け、ケーブルに縛られない快適さを強調しました。実際、後年振り返ると光学ドライブの廃止や有線ネットワーク依存からの脱却は業界全体のトレンドとなり、MacBook Airがその走りだったと言えます。
さらに、ジョブズはソフトウェアとハードウェアの垂直統合によるユーザー体験の向上を常に信条としていました。彼は「ハードもOSも自社で一体開発するAppleだからこそ、MacBook Airのような製品を作れる。他社のノート(Windows PC)ではOSとハードが別々で、こうはいかない」と述べています 。この言葉通り、MacBook AirではOS側でも省電力制御やリモートディスク機能など専用の最適化が施され、ハードとソフトの両面から薄型ノートの制約を補う工夫がなされました。ジョブズの理想とする「完全に統合されたユーザー体験」を具現化するプロジェクトがMacBook Airだったのです。
また興味深い点として、ジョブズは製品名にも哲学を込めています。MacBook Airの「Air」という名は、iMacやPowerBookとは異なる新たなコンセプトを示唆するものでした。空気のように軽く、目立たず存在するノート──ジョブズはこの名前でユーザーに直感的なイメージを伝えようとしました。同様に、この時期Appleは「AirPort(無線LAN基地局)」や後の「AirPlay(無線映像転送)」など“Air”を冠した無線技術を推進しており、MacBook Airもその延長線上に位置づけられています。つまり「Air=無線時代の幕開け」というメッセージが込められていたのです。
ジョブズ自身は初代MacBook Airの発売から約3年後の2011年10月にこの世を去りましたが、彼がMacBook Airに込めた思想はその後のApple製品にも脈々と受け継がれています。たとえば2015年に登場した12インチRetina MacBookでは、MagSafeや標準USBポートすら省きUSB-Cポート1つだけとする超ミニマル志向を打ち出しました(このモデルは「Air」の名こそ付きませんでしたが、ジョブズ流の徹底した削減思想を彷彿とさせるものでした)。さらに言えば、2010年代後半からAppleが取り組んだ自社設計プロセッサ(Appleシリコン)も、ハード・ソフト垂直統合の究極形です。ジョブズ亡き後に実現したAppleシリコン搭載Macでは、驚異的な省電力と静音・高速性が両立し、ファンレスのMacBook Air (M1, 2020)が誕生しました。これはまさにジョブズが目指した「薄く静かでパワフルなノート」の理想に近づいた製品でした。こうした技術進化を見るにつけ、ジョブズが蒔いた種が長い年月を経て花開いたとも評価できるでしょう。
ポスト・ジョブズのMacBook Air – 停滞と復活の舞台裏
ジョブズの死後、MacBook Airシリーズは一時ゆるやかな停滞期を迎えます。2010年に大幅刷新した後は小規模な性能アップデートに留まり、2011〜2015年頃にはRetinaディスプレイ非搭載など時代遅れの部分が目立ち始めました。実はこの背景にはApple内部の方針転換がありました。著名ジャーナリストのウォルト・モスバーグ氏によれば、ジョブズ亡き後にデザイン最高責任者となったJony Ive氏は「MacBook Airの存在意義に懐疑的」だったといいます 。Ive氏は「AirとProでラインナップを分ける必要はない、一つの高性能なMacBookシリーズに集約すべきだ」という考えを持ち、Airは中途半端な製品だと見なしていたようです 。ジョブズが存命中は彼がIve氏の“暴走”にブレーキをかける編集者役でしたが、後継のティム・クックCEOは設計の詳細に口出ししないスタイルだったため、Ive氏の影響力が絶大になりました 。その結果、2015年には12インチMacBook(無印)が投入され、極薄デザイン・Retina化が図られた一方で、MacBook AirはRetinaを与えられないまま低価格モデルとして据え置かれる状況が続いたのです。
しかしApple内部でもAir軽視に対する反発がありました。製品マネージャーやエンジニア陣は「MacBook Airこそ最も売れている定番モデルなのだから、しっかり刷新すべきだ」と主張し、デザイン部門とのあいだで攻防があったと言われます 。モスバーグ氏は匿名の関係者談として「IveのチームがAirを“丘の上に置き去りにして死なせようとしている”のを、他部門が必死に止めようとした」と伝えています 。この社内論争は数年間続いたようですが、最終的にプロダクトチーム側の熱意が実り、2018年にMacBook Airは待望の大型アップデートを果たします 。この新モデル(Retina, 13-inch, 2018)はRetinaディスプレイと新デザイン筐体を備え、ついに従来から指摘されていた低解像度画面などの弱点が解消されました。発売イベントの場で、ある幹部がモスバーグ氏に「やっと勝ち取った(刷新だ)」と耳打ちしたという逸話もあります 。それほど社内でもMacBook Air刷新は悲願だったのです。
2018年モデル以降、MacBook Airシリーズは再びAppleノートブックの中心的存在として活発に進化を続けています。2020年には前述のAppleシリコンM1チップを初搭載した新型が登場し、ファンレスでIntel版MacBook Pro並みの性能を実現して各方面から絶賛されました。2022年にはデザインも一新され、長年象徴だったクサビ型からフラット筐体に移行しつつMagSafe充電の復活や1080pカメラ搭載など機能強化が図られました。そして2023年にはシリーズ初の15インチMacBook Airが追加され、大画面と軽量さの両立という新たなニーズを開拓しています。2024年・2025年にはそれぞれ最新のM3・M4チップ搭載モデルが投入され、性能向上とともに新色の追加や価格改定などで商品力を高めました。こうした着実な展開により、MacBook Airは発売から十数年を経た今もなお世界で最も売れているノートPCとして君臨しています 。Apple自身も「13インチMacBook Airは世界で一番人気のノートブックだ」と公言しており 、名実ともに同社の看板製品となりました。
興味深いのは、ポスト・ジョブズ期におけるMacBook Airの復活が、結果的にジョブズの描いたビジョンを再評価・再確認する流れになったことです。Retina化した2018年モデル発表時、多くの評論家が「ようやくAppleはAirを見捨てず進化させた」と歓迎しました。それは同時に、ジョブズが初代Airで示した「薄型ノートの未来像」が間違っていなかった証明でもありました。Appleシリコンへの移行で実現したファンレス高性能ノートという到達点も、ジョブズが求めた「静かでパワフルなモバイル」の理想そのものです。こうして振り返ると、ジョブズの遺したMacBook Airは、紆余曲折を経ながらもAppleのノートブック戦略を牽引し続け、常にノートPCの新基準を打ち立ててきたことが分かります。
おわりに – MacBook Airが遺したもの
封筒から登場した衝撃的なデビューから現在まで、MacBook Airの歩みは挑戦と革新の連続でした。スティーブ・ジョブズという卓越したリーダーのもと、「世界最薄ノートブック」という大胆なビジョンが現実のものとなり、ノートPCの常識は塗り替えられました。開発の裏側では、Intelとの協業による特注チップや光学ドライブ廃止を補完するソフトウェア開発など、多くの努力と工夫が積み重ねられていました。ジョブズは要所要所で難しい決断を下し、社内の反対や市場の批判をものともせず未来を先取りする製品を世に送り出しました。 その信念に支えられたMacBook Airは、「ノートブックはここまで薄く、軽く、美しくできる」という事実を世界に示し、以降の業界各社のデザインに多大な影響を与えています。
ジョブズ亡き後もMacBook Airは進化を続け、今やAppleのノートブックラインの屋台骨となりました。内部では一時方向性の迷いもありましたが、最終的にはジョブズがMacBook Airに込めた価値が再認識される形でシリーズは強化されました。最新モデルでは彼が理想とした統合設計のメリットが最大限発揮され、かつてない性能と省電力性を達成しています。MacBook Airの開発秘話を紐解くことで浮かび上がるのは、常にユーザー体験を最優先し、未来を見据えて大胆に舵を切るAppleの姿勢そのものです。それを体現したジョブズの哲学が、この製品の随所に息づいていると言えるでしょう。
「MacBook Air開発秘話やスティーブ・ジョブズとの関係」を振り返って見えてくるのは、ジョブズが残した革新の精神です。封筒一つで人々を驚かせる演出力、不要と判断したものをバッサリ捨て去る決断力、そして技術の垣根を超えて理想を実現する統率力。MacBook Airの物語は、そのままジョブズという人物の縮図でもあります。彼が追い求めた「最高のノートブック」は、今も形を変えながら我々の手元に届けられ、日々の創造性や生産性を支えてくれています。もしジョブズが今この製品の進化を目にしたなら、「自分たちの選んだ道は正しかった」と微笑むに違いありません。MacBook Airの開発の裏側にある数々のエピソードは、単なる製品の歴史を超えて、イノベーションを起こす情熱と覚悟の物語として後世に語り継がれていくことでしょう。